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重要先例に関する考え方が資格者内でも分かれている事案があり、法務省民事局商事課としてはどのような考え方をしているのか、あるいは実務家としてはどのような考え方をすべきなのか、少し整理する必要があると考えている。
その先例とは、以下のようなものである。
「定時株主総会において現任取締役の全員の将来の予選をなし、候補者は全員承諾をし、同日、取締役会において従前の取締役全員で将来の代表取締役を予選し、候補者は承諾をした。この場合において、将来の任期満了後直ちに従前の役員全員が重任(再任)されることの登記は受理できる。」
ただし、これには条件が付与されており、①予選決議当時の取締役と再選後の取締役が全員同じメンバーであること、②予選の期間が合理的な期間であること、が必要である(昭和41・1・20民事甲第271号民事局長回答)。
この先例の基本的な考え方はこうである。以下は私見による。
会社法第362条3項では、「取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。」としており、これは、現任取締役の中から代表取締役を定める権限を取締役会に与えることを明確に規定したものである。取締役は株主によって信任され、その職務を行い、会社の代表者である代表取締役は、その株主の信任を受けた取締役が構成する取締役会によって選ばれることに、その正統性の根拠がある。
取締役は、任期が満了すれば株主の信任を再び問わなければならないのであるから、任期満了直前の時期に行った将来の代表選任決議は、その予選を行ったメンバーが次の定時株主総会でも再選されることで、初めてその効力を付与されると考えられる。仮に現任取締役と、予選された取締役が一人でも異なるとすれば、現任取締役で構成される取締役会で選任される将来の代表取締役の正統性を担保できなくなるので、これは認められない。
株主は、取締役に対して、代表取締役を選任する権限を付託しているのであるから、現行の株主の意向を反映していない取締役が構成する取締役会の決議にはそもそも株主の意向が十全に反映されているとは言えない。現任取締役が予選決議で全員再選されるならば、同じ取締役によって構成される取締役会が決議する、将来の代表取締役の予選にも正統性の根拠があると言えるから、これは認めてよい。
つまりポイントは、定時株主総会で任期満了となる取締役が来期も再選されることが確実であるか否か、に係ってくることになる。
こうしたポイントを踏まえて、事例ごとにこの考え方を検討してみる(適宜、アレンジを加えている)。
<事例①>
取締役ABC(代表取締役A)の取締役会設置会社において、3月26日の臨時株主総会でDを4月1日付で取締役に選任(予選)するとともに、同日の取締役会で4月1日からの代表取締役としてDを予選することができるか。
これは、できない。なぜならば、3月26日時点ではDは取締役ではないため、予選決議を行う取締役会に参加できず、従って、Dが取締役に選任されることを前提とした代表取締役の予選決議は取締役会決議として有効にならないからである。Dがメンバーに含まれていない取締役会の決議においてDが取締役の地位に選任されることを前提としたDの代表選任決議を行うことには何ら正統性がないのである。
<事例②>
取締役ABCD(代表取締役A)の取締役会設置会社において、3月20日の取締役会において、4月1日付で増員代表取締役Bを選定(予選)し、同日、同人はその就任を承諾。その後、3月28日に取締役Dが辞任。4月1日に、予選で選任された代表取締役Bが就任することは可能か。なお、当該会社の事業年度は1月1日から12月31日までである。
先ほどの先例を中途半端に理解していると、取締役会の予選後にメンバーが変わっているのだから、これは受理できないのではないか、と判断する人もいるかもしれないが、事業年度に着目すれば、これはABCDの任期中に代表取締役を予選しているのであり、現任の4人が行った予選の効果は事業年度を跨ぐことがない。従って、定時株主総会で新たに信任を受けなくとも、当該取締役が構成する取締役会が行った予選決議は完全に有効なものと解される。
<事例③>
取締役ABCD(代表取締役A)の取締役会設置会社において、3月31日付でAが一身上の都合により取締役を辞任することになり、代表取締役を退任することになるため、3月20日の取締役会において、4月1日付で後任代表取締役Bを選任(予選)し、同日、同人は就任承諾。3月31日にAが辞任届を出し、4月1日付で代表取締役Bが就任する登記は受理可能か。なお、事業年度は事例②と同様である。
これも、事例②と考え方は同じ。事業年度を跨いで予選を行っているわけではないので、3月20日の取締役会の予選決議には正統性の担保がある。将来Aが辞任し、新代表が就任するまでの間にメンバーが変わるとしても、現行の株主に信任を受けているメンバーによって構成される取締役会の決議に瑕疵はない。従って、Bの代表取締役への就任は不確定な状況に左右されることなく、完全に有効なものである。
むしろ、このような事案において、Aが「辞任」ではなく、「死亡」した場合においても条件は同じである。本事例のように、代表取締役が将来退任することが予定されている場合のみならず、突発的な事態が生じたことで予選決議時のメンバーと新代表就任時のメンバーに差異が生じる場合において、このような予選決議に瑕疵があると解することは不合理な結果を生じるわけで、そのような観点からもこの結論を支持し得る根拠がある。
<事例④>
取締役ABCD(代表取締役A)の取締役会設置会社において、3月20日の取締役会で4月1日付で代表取締役Aを選任(予選)した。その後、3月26日の臨時株主総会において取締役BCDの3人が解任され、新たに取締役EFGが就任した。4月1日付で代表取締役Aが就任する登記は受理可能か。なお、事業年度は事例②と同様である。
A以外のすべてのメンバーが変わったことで、多数決を原理とする取締役会のパワーバランスが著しく変化したことは事実であろうが、このことはAの代表取締役予選決議に何ら影響を及ぼさないと考えられる。というのは、仮にEFGがAの代表選任に異議を持っているとするなら、4月1日以降の取締役会においていつでも解任できるからである。ここでAを代表取締役とする予選決議を認めたとしても、予選の期間が合理的であれば、結果として株主共通の利益を著しく損じることはなく、また、Aの代表権についていつでも解任権を発動できる状況にあることから、これを認めない場合の不利益と比較しても、先例の考え方から外れるものになるとは言えない。
そもそも、こうした事案においては、①「決議の成立自体に条件又は期限が付されているのか」、あるいは、②「決議自体は有効に成立し、単にその効力発生に条件又は期限が付されているのか」、を分けて考える必要があると思われる。
任期満了前の取締役が構成する取締役会において行われる代表取締役の予選は、決議そのものの成立が、定時株主総会で再選されること、すなわち、株主によって信任を受けることを条件としている。それに対し、事業年度途中における同様の予選は、「決議の効力発生に期限が付されているもの」と考えることができる。この場合、決議そのものは完全に有効に成立しているのであるから、その後の事情の変更は、その決議自体に影響を及ぼさない。
しかし、上記①においては、決議の成立自体に条件が付されていることから(具体的には、現任取締役全員の再任)、この条件の不成就によって、当該決議は確定的にその根拠を失う。謂わば、その決議には「正統性がなくなる」のである。一方で、事業年度中の取締役が行った予選行為は株主の信任を受け、その正統な権限付与によって将来の代表取締役を選定しているのであり、その行為には「正統性がある」、と言えるだろう。
ここまで意図して「正統性」という表現を用いてきたが、これは、会社代表者としての「代表取締役」とは、株主から取締役を通して、間接的に、与えられた正統性があり、会社法第362条3項はその根拠を具現化したものであり、昭和41年の先例は、その主旨を強調したものと考えることができるからである。このような考え方を糸筋として、個別事案ごとに先例の射程をより詳細に検討する必要があると感じている。